Project "M" - Chamonix Day 4
2010年7月16日 旅行
6月27日(日)、
明日は朝シャモニーを発ってジュネーブ空港からコペンハーゲン経由で帰国予定。
というわけで実質的には今日がシャモニー最終日。
マークからの電話がお昼ごろにあるので、午前中の行動は限られる。
遅い朝食を摂ってからお土産を買いに街へでかける。
前にチーズ、ソーセージを買ったお店にクッキーやチョコレートなども置いてあったので結局そこでほぼ全部を調達した。
マークからほぼ時間通りに電話が入る。
彼は僕らが昨日アニマル・パークに行っていたことを知っていた。
ホテルのフロントで教えてもらったらしい。
モンブランに登った翌日に行ったのでちょっとびっくりしたみたいだ。
もっとぐったりしていると思ったのかもしれない。
パスカルとジャン・ポールはやはり疲れたために遅くなりその日はテート・ルース小屋に泊まったとのこと。
彼らは僕らより登りのペースが速かったので、もしかするとそのためにエネルギーを使い過ぎてしまったのかもしれない。
でもとにかく無事降りてきたのだからめでたしである。
マークに感謝の意を伝える。
登った翌日も筋肉痛なしで行動できたのもマークのペース配分のおかげだと思っている。
今日は特に予定もないのでシャモニーの街をブラブラする予定だと話したら山のポスターや写真を買うんだったらと駅の近くのお店を教えてくれた。
最後にカミさんに電話を換わった。カミさんも直接お礼を言うことができた。
今回は下山の時のバタバタで彼にチップを渡す機会を逸してしまった。
それがちょっと心残り。
トレーニング初日にお土産の北斎の浮世絵柄のハンカチ2枚をプレゼントできたのが唯一の救いか…
そうそう午後はひとつ用事があった。
モンブランから帰ってきてから僕の右の登山靴の爪先の外側の外皮が1センチくらい切れて剥がれかけていたのを見つけた。
これをSANGLARDへ持って行って補修可能か見てもらおうと思ったのだ。
というわけで、まずSANGLARDに寄るがお店が閉まっている。
営業時間が書かれた紙がガラスのドアに貼られていて、お昼の数時間は閉まって3時にまた開くことになっている。
シエスタだ。昔は日本にも個人商店でそんな営業時間があったような気がするけれど…お昼休みはせいぜい1時間くらいだったかも。
また後で寄ることにする。
次に向かったのが駅の裏手の墓地。
カミさんによるとイギリス人のエドワード・ウィンパー(Edward Whymper) の墓がそこにあるとのこと。
マッターホルンに最初に登った登山家で下山時の事故の生き残り。
広い墓地で特に案内板があるわけではないので探すのが大変そう。
マッターホルンっぽい自然石の墓に目星をつけて探したが、何のことはない、入り口に近い中央通路の左側にあった。
作家、探検家、登山家という非常に控えめな記述が彫ってあるだけ。
マッターホルンに最初に登ったなどとは書いていない。
なぜツェルマットではなくここに葬られることになったのかは不明。
また墓地の中央付近には山で死んだシャモニーの山岳ガイドの人たちの慰霊碑があって名前が刻まれていた。
最近はほとんどないが以前はモンブランで亡くなった人も多かったようだ。
ウィンパーの墓と山岳ガイドの慰霊碑の前で手を合わせる。
モンブランに登って無事に降りてこられたことを感謝した。
この後、街をブラブラ。マークに教えてもらったポスター屋さんにモンブラン周辺の立体地図が売っていて欲しかったが、簡単に持って帰れそうもないのであきらめた。
お昼は日陰のベンチでピクニック。
いろんな種類のあるアイスクリーム屋さんでアイスクリームを選んで食べる。
今日は完全に観光客モード。
再びSANGLARDへ。
僕の靴に問題があるので見てくれとお願いしたら、お兄さんが笑いながら"これが問題?"、大げさなという感じで接着剤で補修してくれる。
お金は取らなかった。
いつもの女主人がまた来年も来るんでしょと言うから去年、今年と続けて来たので来年は…と言うと"Why not"と返される。
修理のお礼を言ってまた会いましょうとお店を後にした。
シャモニー最後の夕食は…昨日のステーキがおいしかったのでまたあのステーキハウスに行くことにした。
昨日と同じかわいい娘さんがまた来たのねという感じで笑顔で応対してくれる。
メニューの中のステーキの種類の違いについて聞くと…彼女はほとんど英語ができないみたい。
しかも、フランス語ではなくてイタリア語しかできないということがわかった。
ここで僕が前に習っていたイタリア語が役に立った。
結局、メニューの中の昨日食べたのと違うちょっぴり安めの300g ステーキというのは昨日のとは量は "Uguare" (同じ)だが、"Sale e Pepe”(塩とコショウ)のシンプルな味付けなどということがわかった。
なんと昨日食べたのも300gステーキだったのだ。
結局、今日はサラダの種類を換え、ステーキはカミさんとソースをお互いに昨日と反対のものを注文した。
娘さん、ニッコリ笑って "Come ieri" (昨日と同様ね)。
昨日はカードで払って、小銭がなかったのでチップを置けなかったのだが、今日は手持ちのユーロがあまりそうだったので、現金で多めに置いて店を出た。
2日続けて300gステーキ。僕らにとってはめったにないというか初めてじゃないかと思う。
ホテルに戻って明日のための荷造り。
その後、レセプションのところのカウンターでコーヒーをいただいてからお風呂、就寝。
写真は1枚目がシャモニーから見上げるモンブラン。
2枚目はWhymperのお墓の前で。
3枚目はシャモニーの山岳ガイドの慰霊碑の前で。
明日は朝シャモニーを発ってジュネーブ空港からコペンハーゲン経由で帰国予定。
というわけで実質的には今日がシャモニー最終日。
マークからの電話がお昼ごろにあるので、午前中の行動は限られる。
遅い朝食を摂ってからお土産を買いに街へでかける。
前にチーズ、ソーセージを買ったお店にクッキーやチョコレートなども置いてあったので結局そこでほぼ全部を調達した。
マークからほぼ時間通りに電話が入る。
彼は僕らが昨日アニマル・パークに行っていたことを知っていた。
ホテルのフロントで教えてもらったらしい。
モンブランに登った翌日に行ったのでちょっとびっくりしたみたいだ。
もっとぐったりしていると思ったのかもしれない。
パスカルとジャン・ポールはやはり疲れたために遅くなりその日はテート・ルース小屋に泊まったとのこと。
彼らは僕らより登りのペースが速かったので、もしかするとそのためにエネルギーを使い過ぎてしまったのかもしれない。
でもとにかく無事降りてきたのだからめでたしである。
マークに感謝の意を伝える。
登った翌日も筋肉痛なしで行動できたのもマークのペース配分のおかげだと思っている。
今日は特に予定もないのでシャモニーの街をブラブラする予定だと話したら山のポスターや写真を買うんだったらと駅の近くのお店を教えてくれた。
最後にカミさんに電話を換わった。カミさんも直接お礼を言うことができた。
今回は下山の時のバタバタで彼にチップを渡す機会を逸してしまった。
それがちょっと心残り。
トレーニング初日にお土産の北斎の浮世絵柄のハンカチ2枚をプレゼントできたのが唯一の救いか…
そうそう午後はひとつ用事があった。
モンブランから帰ってきてから僕の右の登山靴の爪先の外側の外皮が1センチくらい切れて剥がれかけていたのを見つけた。
これをSANGLARDへ持って行って補修可能か見てもらおうと思ったのだ。
というわけで、まずSANGLARDに寄るがお店が閉まっている。
営業時間が書かれた紙がガラスのドアに貼られていて、お昼の数時間は閉まって3時にまた開くことになっている。
シエスタだ。昔は日本にも個人商店でそんな営業時間があったような気がするけれど…お昼休みはせいぜい1時間くらいだったかも。
また後で寄ることにする。
次に向かったのが駅の裏手の墓地。
カミさんによるとイギリス人のエドワード・ウィンパー(Edward Whymper) の墓がそこにあるとのこと。
マッターホルンに最初に登った登山家で下山時の事故の生き残り。
広い墓地で特に案内板があるわけではないので探すのが大変そう。
マッターホルンっぽい自然石の墓に目星をつけて探したが、何のことはない、入り口に近い中央通路の左側にあった。
作家、探検家、登山家という非常に控えめな記述が彫ってあるだけ。
マッターホルンに最初に登ったなどとは書いていない。
なぜツェルマットではなくここに葬られることになったのかは不明。
また墓地の中央付近には山で死んだシャモニーの山岳ガイドの人たちの慰霊碑があって名前が刻まれていた。
最近はほとんどないが以前はモンブランで亡くなった人も多かったようだ。
ウィンパーの墓と山岳ガイドの慰霊碑の前で手を合わせる。
モンブランに登って無事に降りてこられたことを感謝した。
この後、街をブラブラ。マークに教えてもらったポスター屋さんにモンブラン周辺の立体地図が売っていて欲しかったが、簡単に持って帰れそうもないのであきらめた。
お昼は日陰のベンチでピクニック。
いろんな種類のあるアイスクリーム屋さんでアイスクリームを選んで食べる。
今日は完全に観光客モード。
再びSANGLARDへ。
僕の靴に問題があるので見てくれとお願いしたら、お兄さんが笑いながら"これが問題?"、大げさなという感じで接着剤で補修してくれる。
お金は取らなかった。
いつもの女主人がまた来年も来るんでしょと言うから去年、今年と続けて来たので来年は…と言うと"Why not"と返される。
修理のお礼を言ってまた会いましょうとお店を後にした。
シャモニー最後の夕食は…昨日のステーキがおいしかったのでまたあのステーキハウスに行くことにした。
昨日と同じかわいい娘さんがまた来たのねという感じで笑顔で応対してくれる。
メニューの中のステーキの種類の違いについて聞くと…彼女はほとんど英語ができないみたい。
しかも、フランス語ではなくてイタリア語しかできないということがわかった。
ここで僕が前に習っていたイタリア語が役に立った。
結局、メニューの中の昨日食べたのと違うちょっぴり安めの300g ステーキというのは昨日のとは量は "Uguare" (同じ)だが、"Sale e Pepe”(塩とコショウ)のシンプルな味付けなどということがわかった。
なんと昨日食べたのも300gステーキだったのだ。
結局、今日はサラダの種類を換え、ステーキはカミさんとソースをお互いに昨日と反対のものを注文した。
娘さん、ニッコリ笑って "Come ieri" (昨日と同様ね)。
昨日はカードで払って、小銭がなかったのでチップを置けなかったのだが、今日は手持ちのユーロがあまりそうだったので、現金で多めに置いて店を出た。
2日続けて300gステーキ。僕らにとってはめったにないというか初めてじゃないかと思う。
ホテルに戻って明日のための荷造り。
その後、レセプションのところのカウンターでコーヒーをいただいてからお風呂、就寝。
写真は1枚目がシャモニーから見上げるモンブラン。
2枚目はWhymperのお墓の前で。
3枚目はシャモニーの山岳ガイドの慰霊碑の前で。
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